2015/11/29.Sun

意見との付き合い方

ペン回しに関する文章を最近あまり見ない。
ひとえに、CVの公開数や、FSを見せ合う機会が少ないからでもあろうが、それ以上に「自分の意見を言うことへのためらい」も少なからずあるんじゃなかろうか。

「自分なんかが偉そうなことを言っていいのだろうか………」


個人的にはペン回しに関して他の人が考えていることを知るのは、その質はともかくとして単純に好きなので、もっとより多くのスピナーが自分の意見を言えばいいのにと思う。

もし「ためらい」があるのであれば、少しでも前向きに「意見を言っていいんですよ」という気持ちにさせるのが、そう望む者の仕事であろう。

と、いうことで今回は

「意見とどう付き合っていくべきか?」

をテーマとして取り上げる。
意見に限らずであるが、

FS・CVを公開する、持論を言う、その他イベントを開催する

という、自分から他人に向かって何かしら発信した際には、必ず反応が返ってくる。賛同・反対・無関心…などなど。
それは自分が求めていなくても返ってくるものだ。返す人は自分でなくて他人であり、他人に意見を言って欲しくないように働きかけることは基本的には出来ない。ブログなんかではコメント閉鎖など出来るけども、その他の場では顔も見えない相手に対し反応の仕方を考えるのは仲のいいスピナーに限られるであろう。


例えばFSをCVに提出して、そのCVに採用、公開されればそのCV全般の感想や意見がそこかしこで見られることになる。当然、自分のFSにも何らかの評価がされることもあろう。
人に見せた以上、その際には印象や評価が見た人に残るものである。


意見にも、その内容によっていくつか単語が割り当てられる。
「感想」「批判」「中傷」「アドバイス」
などがそれだ。

同じことを言いたくても、余計な一言が入っていたり、フォローする一言が入るだけでその文章の印象は真逆のものとなる。感想は批判になりうるし、アドバイスのつもりが中傷しているだけ、ということもありうる。

また書く場によっても書き手の心理、表現の仕方は変化する。

ツイッターやブログは不特定多数を相手にするため、その言葉遣いとしては堅いものであったり、手厳しいものとなったりする。「聞いても聞かなくてもいい、書きたいから、言いたいから書く」という心理があるからであろう。
Skype(今ではLINEなどでもスピナーのグループがあったりするようだが)やリプライなど、1対1で話す場面では直接そのスピナーと話すことになるため、意外と柔らかい話し方であったり、深いところまで意見を知れたりできる。

またツイッターは140字の制限や右から左へ流すようなリアルタイム、スピード感、消費的要素があるために、個人的にはその影響力は一過性のものであるように思う。
なので、意見の重さとして少しばかり軽く感じるのだ。「考えた上で言ってるのか、それともとりあえず思い付いたから言っているのか?」その見極めがツイッターでは曖昧になる。

ブログはその点、きちっと考えられてまとまった文章として残しておける。読み手にとって時間はかかるが、書き手にとっては正確な論理で伝えることができる。

人の意見を見た際、自分のことについて書いてあれば当然気になるであろうし、内容によっては傷つくことも多いだろう。最近は減ってきたが、以前はその語気の強さや言葉遣いの荒さは目に余るものがあったように思う。

自分への意見を見た際にあまり気にしないようにする心持ちとして、

その意見は本当に自分の為を思って発信されたものなのか、それとも発信者がただ言いたい、書きたいだけなのか

を常に考えておくといい。
ツイッター、ブログといった不特定多数向けでの意見は、読み手が分かるように書ければ及第点である。読み手に対し、実際の行動に移させるにはその場では無理である。本当にその特定の個人を動かしたいのであれば、直接話し込むしかない。

つまり、この場で発信されるものは「参考にしてくれればいい」程度の意見である。その裏には「聞いてくれなくてもまあいい」という心理が必ずある。

しかし、直接話し込む際にも「この人は本当に自分をどうにかしたいから、この言い方をしているのか」を考える必要もある。
実際に話している際にも、キツい、中傷的な言い方をする人は、ただ単に「自分が相手より優れている」ことを示したいだけであろう。
「俺がこんないいことを言っているのに、なんでこの人は聞かないんだ?!分かってないんだなぁやっぱり!」と、言わないだけで思っている人もいる。

自分に役立つ情報はなんなのか?それが意見の中になければ、全て切り捨てても構わない。その意見が、あなたに対する意見の全てではないのだ。



発信者の立場として考えておくべきことは、
「人を動かすにはその人の感情を動かすしかない」
ということである。
相手が「それいいね」「よし、そうしてみよう」と思わなければ基本的には動かないだろう。
CVに向けた意見交換においては、焦燥感や危機感を煽る方法もあるが、カメラの前で撮る段になってもそれがFSに出てしまっては本末転倒なので注意したい。

ペン回しに正解はない。
自分たちがやれることといえば、「自分が考える上手さの理想」にできるだけ近づくことしかない。
そのために、適切な意見とは何か考えながら、いろんな人と議論を重ねていって欲しいと思う。
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